ゲノム不安定性疾患とは

DNA修復機構・DNA損傷応答機構に生まれつき障害がある遺伝性疾患の総称です。
 ゲノムDNAには、私たちの体の機能を維持するための様々な情報が記されています。ゲノムDNAは、紫外線、放射線、各種化合物など様々な要因によって常に損傷を受けていますが、DNA修復機構・DNA損傷応答機構により、損傷を取り除くことで、安定性を維持しています。しかし、DNA修復機構・DNA損傷応答機構に障害があると、正常に損傷を取り除くことができなくなり、ゲノムDNAの不安定化を誘発し、生体の機能異常を引き起こすと考えられます。

 DNA修復機構・DNA損傷応答機構には多数の経路があり、生まれながらに異常をきたしている経路の種類によって、発症する疾患が異なります。しかし中には、病状・病態がとても似ている疾患があり、正しい診断のためには、臨床所見と合わせて、細胞機能 (DNA修復機構・DNA損傷応答機構の働き)や遺伝子を調べることが重要です。  

色素性乾皮症 (xeroderma pigmentosum: XP)
 非常に激しい日焼け反応、皮膚がんの好発がみられ、半数以上の患者では神経症状を伴います。日本で頻度が高く2万5千人に1人の割合と考えられています。常染色体劣性遺伝性の疾患で、XPA~GあるいはPOLH遺伝子のいずれかに異常があると発症することが知られています。原因となっている遺伝子異常によって症状に差があります。XPA~G遺伝子の異常は、紫外線によって生じたDNA損傷を修復するメカニズムであるヌクレオチド除去修復機構 (Nucleotide excision repair: NER)の破綻を引き起こします。POLH遺伝子に異常がある場合は、損傷乗り越え修復 (translesion synthesis: TLS)機能が欠損しています。

コケイン症候群 (Cockayne syndrome: CS)
 発育異常 (小頭症、低身長、低体重など)、脳の白質石灰化、特徴的顔貌 (落ちくぼんだ目など)がみられ、早期老化や神経症状を示します。50~100万人に1名の割合と考えられています。常染色体劣性遺伝性の疾患で、CSA~B, XPB, D, F, G, ERCC1遺伝子のいずれかに異常があると発症することが知られています。紫外線によって生じたDNA損傷を修復するメカニズムのうち、転写が活発に行われている領域を修復する機構 (Transcription coupled nucleotide excision repair: TC-NER)に異常があります。XPB, D, F, G, ERCC1遺伝子の異常によるコケイン症候群では、色素性乾皮症を併発します。XPF遺伝子異常によるコケイン症候群では色素性乾皮症に加えファンコニ貧血を併発する場合があります。  

COFS (Cerebro-oculo-facio-skeletal)
 小頭症、重度の発育異常、先天的な白内障、特徴的顔貌が見られ、コケイン症候群の重症例とも考えられています。非常に希な常染色体劣性遺伝性の疾患で、CSB、XPD、XPG、ERCC1遺伝子のいずれかに異常があると発症することが知られています。紫外線によって生じたDNA損傷を修復するメカニズムに異常があります。

硫黄欠乏性毛髪発育異常症 (Trichothiodystrophy: TTD)
 日光過敏、脆い髪の毛、爪ジストロフィー、発育障害などを示すが、好発がん性は見られない。非常に希な常染色体劣性遺伝性の疾患で、XPB、XPD、TTD-A遺伝子のいずれかに異常があると発症することが知られています。紫外線によって生じたDNA損傷を修復するメカニズムに異常があります。

紫外線高感受性症候群 (UV-sensitive syndrome: UVSS)
 シミ・そばかす、強度の日焼けが見られます。常染色体劣性遺伝性の疾患で、頻度不明です。UVSSA、CSA~B遺伝子のいずれかに異常があると発症することが知られています。紫外線によって生じたDNA損傷を修復するメカニズムのうち、転写が活発に行われている領域を修復する機構 (TC-NER)に異常があります。

ゼッケル症候群 (Seckel syndrome: SS)
 重度の発育異常 (小頭症、低身長、低体重など)、特徴的顔貌 (鳥様顔貌)がみられますが、知能に異常は認められないケースもあります。非常に希な遺伝性疾患で、PCNT, ATR, CTIP, ATRIP遺伝子などの異常により発症することが知られています。DNA複製機構*1・細胞周期チェックポイント機構*2に異常があります。

ファンコニ貧血 (Fanconi anemia: FA)
 再生不良性貧血、白血病、発育異常、身体奇形などがみられ、放射線感受性を示します。30万人に1人の割合と考えられています。遺伝性の疾患で、FANCA, B, C, D1, D2, E, F, G, I, J, L, M, N, O, P, Q, S, T遺伝子のいずれかに異常があると発症することが知られています。常染色体劣性遺伝の形式をとりますが、FANCB群のみX連鎖劣性遺伝であることが知られています。DNAの二重鎖間の架橋 (interstrand crosslink: ICL)を修復するメカニズムに異常があります。

ウェルナー症候群 (Werner syndrome: WRN)
 早期老化症状 (10代での白髪・脱毛、白内障、皮膚の萎縮など)や悪性腫瘍などが見られ、小柄な体型であることが多いです。日本で頻度の高い遺伝性疾患で10万人に1人の割合と考えられています。WRN遺伝子の異常により発症し、常染色体劣性遺伝の形式をとることが知られています。DNA複製機構*1に異常があります。

ロスムンド・トムソン症候群 (Rothmund-Thomson syndrome: RTS)
 好発がん性、日光過敏性紅斑、多形皮膚萎縮症、若年性白内障、骨格異常がみられ、小柄な体型であることが多いです。非常に希な遺伝性疾患で、RECQL4遺伝子の異常により発症することが知られています (常染色体劣性遺伝形式)。DNA複製機構*1に異常があります。

ブルーム症候群 (Bloom syndrome: BLM)
 好発がん性、免疫不全、日光過敏性紅斑がみられ、小柄な体型であることが多いです。非常に希な遺伝性疾患で、BLM遺伝子の異常により発症することが知られています (常染色体劣性遺伝形式)。DNA複製機構*1に異常があります。

リ・フラウメニ症候群 (Li-Fraumeni syndrome)
 家族性に好発がん性を示す疾患です。TP53遺伝子の異常により発症する、常染色体優性遺伝の疾患です。以下2つの定義があります。
 本人が45歳以前に肉腫と診断され、かつ第一度近親者*3に45歳未満のがん患者あるいは年齢を問わない肉腫患者がいる。
 第一度*3もしくは第二度近親者*4の2人に、年齢を問わずリ・フラウメニ症候群関連悪性腫瘍 (肉腫、乳がん、脳腫瘍、副腎皮質がん、白血病)を有する患者がいる。

リンチ症候群/遺伝性非ポリポーシス性大腸がん
(Hereditary Non-Polyposis Colorectal Cancer: HNPCC)
 若年での大腸がん、多臓器がん発症など、好発がん性 (多重多発がん性)を示します。MSH2、MLH1、MSH6、PMS1、PMS2などの遺伝子のいずれかに異常があると発症する、常染色体優性遺伝性の疾患です。DNA複製の際の間違いを訂正するミスマッチ修復 (mismatch repair)機構に異常があります。


毛細血管拡張性運動失調 (ataxia telangiectasia: AT)
 進行性の運動失調症、免疫不全、好発がん性、毛細血管拡張などがみられ、放射線感受性を示します。10万人に1人の割合と考えられています。常染色体劣性遺伝性疾患で、ATM遺伝子に異常があると発症することが知られています。DNA二重鎖切断 (DNA double strand breaks: DSBs)*5修復応答機構に異常があります。

ナイミーヘン染色体不安定症候群 (Nijmegen breakage syndrome: NBS)
 小頭症、特徴的顔貌 (鳥様顔貌)、低身長、免疫不全、放射線感受性を示し、悪性腫瘍を合併することが多いです。非常に希な遺伝性疾患で、NBS1遺伝子の異常により発症することが知られています (常染色体劣性遺伝形式)。DNA二重鎖切断*5修復応答機構に異常があります。

LIG4症候群 (LIG4 syndrome)
 小頭症、低身長、免疫不全などを示し、T/B細胞系の悪性疾患を合併することが多いです。非常に希な遺伝性疾患で、LIG4遺伝子の異常により発症することが知られています (常染色体劣性遺伝形式)。DNA二重鎖切断*5修復経路の1つである非相同末端結合 (non-homologous end-joining: NHEJ)に異常があります。

XRCC4症候群 (XRCC4 syndrome)
 小頭症、低身長、発育異常を示しますが、免疫不全は認められません。非常に希な遺伝性疾患で、XRCC4遺伝子の異常により発症することが知られています (常染色体劣性遺伝形式)。DNA二重鎖切断*5修復経路の1つである非相同末端結合 (non-homologous end-joining: NHEJ)に異常があります。


*1 DNA複製機構とは、細胞分裂の際、ゲノムDNAを2倍に増やすメカニズムのことです。細胞分裂を行うときは、DNA損傷が起きやすいと考えられます。
*2 細胞周期チェックポイント機構とは、細胞分裂の際、細胞が正常な状態にあるかをチェックするメカニズムのことです。
*3 第一度近親者とは、血縁関係のある親子、きょうだいのことです。
*4 第二度近親者とは、血縁関係のある祖父、祖母、孫、おじ、おば、おい、めい、のことです。
*5 DNA二重鎖切断とは、2本の鎖が螺旋階段のようにねじれた形をしたDNAの両方の鎖が切れてしまうような損傷のことです。